古都を旅する

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神島

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」数学者の藤原正彦氏の4回目は「神島」だった。三島由紀夫の『潮騒』の舞台で有名だ。私も高校の同級生に何度も読み聴かされたことを思い出した。恥ずかしくなるような青春の思い出だ。若き日の藤原先生も伊良湖港から鳥羽港...
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大王崎灯台

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」数学者の藤原正彦氏の3回目は「大王崎灯台」だった。伊勢志摩半島の東南端に位置する灯台である。熊野灘と遠州灘を分ける。波切城跡は九鬼水軍に所縁の地ともいう。大王崎灯台は絵になる灯台だなあ。プラス1は「波切神社(...
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赤福本店

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」数学者の藤原正彦氏の2回目は「赤福本店」だった。本店の赤福が他と違うとは思わないが、ここでいただくのは格別な思いがする。餡子の透き通った感じと香りがなんとも言えない。プラス1は「美杉里 八知玉屋」だった。おか...
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外宮

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」数学者の藤原正彦氏の1回目は「外宮」だった。品格ある人がお伊勢さんへお参りにいくのは楽しみだなあ。このあとこ展開が気になる。次は内宮で、となると、あと二つはどないするねん。プラス1は「せんぐう館」だった。真っ...
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法輪寺

週刊新潮の「とっておき私の京都」料理家の高山なおみ氏の4回目は「法輪寺」だった。智福山法輪寺は十三まいりで有名な真言宗のお寺である。虚空蔵菩薩が本尊というのは珍しい。「十三まいりとは、数え年13歳に成長した男女がここにお参りし、本尊の虚空蔵...
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無鄰菴

週刊新潮の「とっておき私の京都」料理家の高山なおみ氏の3回目は「無鄰菴」だった。母屋に上がり、お茶をいただいたあと、庭を眺めていると、何処へも行きたくなくなる気分に襲われる。この庭は母屋から眺めているに限る。プラス1は「仁王門 うね乃」だっ...
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北野天満宮

週刊新潮の「とっておき私の京都」料理家の高山なおみ氏の2回目は「北野天満宮」だった。御土居の下の紙屋川に架かる橋の欄干でポーズを決めている写真がなんとも羨ましい。もみじ苑が開苑すれば、老松の「大茶湯(おおちゃのゆ)」とお茶で紅葉を愛でるのが...
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錦・高倉屋

週刊新潮の「とっておき私の京都」料理家の高山なおみ氏の1回目は「錦・高倉屋」だった。老舗ではないが、人気の漬物屋だ。酒場ライターのバッキー井上氏ではなく、スタッフの濱田千香氏が対応している写真が楽しい。『きょうの漬け物』(リトルモア、200...
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和田金

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」作家の嵐山光三郎氏の4回目は「和田金」だった。松坂に行ったら、一度は訪れたい松坂牛が食べられる店の本命だ。嵐山氏は二回目とのこと。羨ましい。金・銀・牧場の順に入りやすくなる。プラス1は「一升びん 宮町店」だっ...
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本居宣長奥墓

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」作家の嵐山光三郎氏の3回目は「本居宣長奥墓」だった。お伊勢参りしたら、松坂ですることがあると思ったのだが、期待を裏切られた。嵐山氏は宣長の墓を見に行ったのだった。宣長の墓は二つあり、本居家の菩提寺樹敬寺とこの...
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何木塚

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」作家の嵐山光三郎氏の2回目は「何木塚」だった。芭蕉の〈何の木の花とはしらずにほひかな〉の句碑があるのは祖霊社だ。この句は西行の〈何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる〉を底に置いたものだ。プラ...
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内宮

週刊新潮の「とっておき私の伊勢」作家の嵐山光三郎氏の1回目は「内宮」だった。御正宮の石段を背に立つ嵐山氏の晴れがましいお顔が素敵だ。式年遷宮の後はまだお参りしてないので見てみたい。プラス1は伊勢うどんの「つたや」だった。コシのない極太麺は好...
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京都三条会商店街

週刊新潮の「とっておき私の京都」作家の江上剛氏の4回目は「京都三条会商店街」だった。堀川通と千本通の間の三条通の全長800mのアーケードを走るの江上剛氏の写真がカッコいい。かつてアテネ五輪女子マラソンの金メダリストの野口みずき選手が走ってい...
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平安神宮

週刊新潮の「とっておき私の京都」作家の江上剛氏の3回目は「平安神宮」だった。京都マラソンで大きな鳥居が見えたのでゴールかと思ったら今宮神社だったというくらいの市民ランナーなんですね。ゴールはもちろん平安神宮。今宮からだと結構あるなあ。プラス...
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貴船の川床

週刊新潮の「とっておき私の京都」作家の江上剛氏の2回目は「貴船の川床」だった。ひろ文で御夫婦で涼んでいる写真がいい。子供の頃、父親に連れられて貴船に来たのが思い出だという。プラス1は「貴船神社」だった。夏はただでさえ狭い道が、川床のため激混...