中村直勝『中村直勝著作集第7巻 歴史と人物』淡交社、1978年
月報から読む。
「中村先生の人物論の背景」の時野谷 勝(大阪大学名誉教授)は京都大学での講義の思い出を書いていた。「例えば女房奉書などが発給される過程の制度的な解説だけでなく、差出人と宛名人との人間関係などを、まのあたり見る如く、生き生きと描きだされる。足利尊氏や豊臣秀吉など個人の花押の形態の変遷などについても、その時点での歴史的背景はもとより、その時その時の個人の心理のひだまでも掘りおこしながら説明を加えられていた」という。
「中村直勝先生のおもいで」の千宗守は官休庵・武者小路千家第13代家元の徳翁宗守(有隣斎)でした。三校時代に中村直勝の講義を聴いて、大学で国史専攻したという。「国史を専攻した事が、官休庵の養父から後継ぎになれと所望された一つの条件であったよう」だという。
読む順で悩む
もともと、Twitterで中村武生先生が『足利ノ尊氏』を話題にしていたので、その場で、Amazonで注文し、翌日に配達された。本体は2章まで読んでも本論に入らない。そこで、林屋辰三郎の解説を読んだりして本の読み進め方を考えてみたのだった。
第7巻は『歴史づくり人づくり』『北畠親房』『随筆 楠公』そして『足利ノ尊氏』から成っている。微妙なのだ。『歴史づくり人づくり』は少しくだけ調子なので良いとして『北畠親房』と『足利ノ尊氏』はどの順で読むかは難しい。『足利ノ尊氏』の「ノ」が気になって買ったので、『足利ノ尊氏』を読むのが自然だと思う。個人としての「足利尊氏」ではなく、足利氏の棟梁としての尊氏を描くのが中村直勝流なのだという。
林屋辰三郎は「源ノ頼朝、藤原ノ道長と呼ぶのと同様に、家と個人との関係を明かにする表現」と解説に書いているが、姓名であれば「源ノ尊氏」であろう。家名であれば、「足利尊氏」と「ノ」は付けないのが普通だ。
まわり道をしたが、3章に戻って読み進めることにする。
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