『桂東雑記 Ⅱ』(2004)は気になる

読書時間

白川静『桂東雑記 Ⅱ』平凡社、2004年

「鳥居と千木」という論考を読む。
「鳥居の問題について最も重要なことは、奈良以前のことを記す上代の文献、『記』『紀』『万葉』をはじめ、その他の資料においても、鳥居の名がみえていないことである」(pp.186-187)。

白川静は中国の文献から「鳥居」の起源を「華表(かひょう)」に探った。それは「桓表(かんぴょう)」「和表(かひょう)」ともいった。軍門を和(か)ともいった。
「「和」の字形に含まれる禾は、禾麦のような穀物ではなく、標柱から袖木の出ている表木の形である」(p.195)。白川静は両禾軍門の文字の象(かたち)が鳥居の形に似ているとみている。
甲骨文には「土」を祀る話があると白川静はいう。「土」は「社」である。そうなると、古墳が神社と関わりがないとも考えられない。

一方、「千木形式の建物は、わが国の古い銅鐸の文様にもみえ、また南方にこの住居形式をとるものもあって、南方系とする説もあるが、中国にも極めて古い時代にその形式の構造がみられるので、神社に象徴的な形式として、そのことも考慮されるべき問題であろうと思う」(p.200)。
殷の甲骨文に学校の学を「屋根に千木がある字形」と白川静はみている。卜占で問われることから神聖な建物と考えられるとしている。

鳥居と千木の関係はよくわかっていない。
白川静は「社」と「学」が古代中国王朝の神聖な機関であったという。「そして社の表象としての両禾軍門、学の表象としては屋根の千木があった」(p.204)。
しかし、古代朝鮮に鳥居の形式も千木の形式も辿ることは難しく、伝承の過程を明らかにできないと白川静は結論する。

岡谷公二氏の『神社の起源と古代朝鮮』(平凡社新書、2013年)に始まる一連の著作は、御嶽(うたき)や堂(たん)に起源を求めていた。鳥居や千木ではない。その本を読み返したくなった。

『桂東雑記 Ⅱ』(2004)

『桂東雑記 Ⅱ』(2004)

『桂東雑記 Ⅱ』(2004)は面白い
白川静『桂東雑記 Ⅱ』平凡社、2004年白川静の文字学のスタートには、比較文学論があり、研究方法としての文字学であった。「『詩経』の詩篇だけを見ておってもわからんことが実に多い。当時の政治とか社会は、作品を通じてだけでは充分に解明できない。...

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