篠田一士『幸田露伴のために』岩波書店、1984年第2刷
篠田一士は幸田露伴と吉田健一を対比して論じている。
「露伴はヨーロッパ文学を必要としなかった、唯一無二といっていい、近代日本の偉大な文学者だったが、吉田健一が、露伴とはまったく対照的、すなわち、ヨーロッパ文学をなによりもというよりは、それのみを糧にして、あの独自の文学境をつくりあげたことは、すでに、天下周知の事柄である」(pp.211-212)。
両者の違いはヨーロッパ文学の峻拒と徹底した受容であると言っている。
「ヨーロッパ文学を必要としない、あるいは、必要とするといっても、明治開国以来の日本文学者たちは、多かれ少なかれ、その両様の経験を一身のうちに、意識、無意識に行ってきたわけだが、幸田露伴、吉田健一の場合ほど、ヨーロッパ文学に対して、毅然というもおろか、その関わり合いの有無の徹底ぶりは、すさまじいばかりである」(p.212)。
篠田一士にはもう少し穏やかな印象があったが、本書の文章の調子は高い気がする。「自然主義文学」に対する反発の強さにも起因してるようだ。

『幸田露伴のために』(1984)
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