鷲見洋一『翻訳仏文法 上下』ちくま学芸文庫、2003年
上巻は鷲見洋一(すみよういち)氏が1980年から『翻訳の世界』に連載したものを元に1985年にバベル出版から出したものを、21世紀になってちくま学芸文庫にした。なお、下巻は1987年に同じくバベル出版から出している。
翻訳論をバベル出版でよく読んだ記憶がある。
鷲見洋一氏が下巻のあとがきで翻訳のスタイルについて書いている。
「本書を執筆するにあたって、私がいやでも念頭に置かざるをえなかったのは、1960年代前後からはじまって、やがて広汎な読者層を獲得するにいたったフランス文学の小説、戯曲、評論の訳業である。戦前や戦争直後のいわゆる「名訳」と比べてみると、この新しい翻訳のスタイルはいくつかの目立った特長を備えている」(下P386)。
鷲見洋一氏があげた特徴には「親しみやすさ」、「読みやすさ」、「漢字の多用を避け」、「現代口語文に徹する」、「構文に忠実」などがある。
私は1960年代の本はそれまでの本と比べてページ全体が白くなった印象があった。「漢字の多用を避け」た文体は、鷲見洋一氏の著作にも言える。
「1960年代の日本には、こうした訳文範型を媒介にしてフランスのとりわけ新しい文学を吸収するという、強い文化的要請があったことである。私自身の青春の記憶に照らしてみても、その要請は外からやってくるというよりは、むしろ生理的欲求のような形で、心の内側からひとりでに湧き出してきたような気がする」(下P387)。
「現在の状況はどうか。いくつかの例外をべつにすると、ここ10年のフランス語翻訳は前世代と比較して確実に読みづらいものになっている。本家本元のフランスが小説の時代から哲学と評論の時代に移ってしまい、難解な用語や分析をそう簡単には読みやすい日本語に移しかえることができないという事情もあるだろう」(同上)。
そして、文庫化にあたり、「1980年代と比較してみて、ここ20年間に何が変わり、何が変わらなかったといえるのか」(上P27)。外部世界が激変したにも関わらず、内部世界はさほど変化していないという。
外部世界を見ると、「大学でフランス語を履修する学生数が激減した」(上P28)。「仏語翻訳書の中で、文学が占めていた地位がますます低下してきた傾向は無視できない」(上P29)それに対して内部世界について、「まず、わが国における翻訳書なるものの体裁は、この20年間で何も新しい兆候など見せていない」(上P32)。
こうして読んできて、著者の意図に突き当たる。
「もうそろそろ察して頂けたと思うが、私が本書で狙っているのは、いわゆる「フランス文学」の翻訳論ではなく、どちらかというと、どこにでもあるようなフランス語で書かれた文章を、なるべく分かりやすい現代日本語に移し替えるためのマニュアルなのである(上P035)。
著者からの注意事項は、「本書の読者はかならず『英文翻訳術』を併読されるように。英語翻訳に必要な技術の90パーセントはそのまま「翻訳仏文法」としても役に立つのである」(上P108)。
まあ、普通は安西徹雄『英文翻訳術』(ちくま学芸文庫、1995年)を読むのがよくて、しかも一冊で済む。『翻訳仏文法』を読むのは酔狂だといわれても仕方がない。それというのもベルクソンを去年から読んでいて、原文と翻訳を比べても理解できないので、仏文法の勉強に戻っているからである。形容詞一つとっても訳語の選択は難しい。何度も辞書を読み返してシンボルを掴む(松本道弘流)ことが必要なのである。
#語学 #仏語
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