河野有理『明六社』中公新書、2026年
本書を読む意義
明六社(1873-1875)という明治初期の同人結社を取り上げる意味はなんであろう。明治初期の啓蒙思想運動という見方を著者は否定する。統一的な運動とは捉えていない。同人の意見がバラバラなのは、その後の思想史の展開を知っていれば分かるであろうが、そもそも、丸山眞男によって高く評価された福澤諭吉以外の同人はあまり知られていない。本書で対比された8名の同人をみても『新版日本の思想家 上』(朝日選書、1975年)で福澤諭吉、西周、西村茂樹、森有禮が挙げられるくらいで、後は名前を知っているくらいであり、阪谷素(しろし)は読み方すら知らなかった。彼らは幕末期の混乱を生き抜いてきたことで共通の経験があったのだろう。
「そして重要なことは、意見の違いがやがて激しい人格的非難の応酬を導き、ついには互いの肉体的生命の殲滅を目指す闘争を招来するといった事態こそ、幕末という内乱状態のさなかで彼らのほとんどが経験し、潜り抜けてきた当のものであったということである」(p.vi)。
言論の自由ということを考えざるを得ない現在において、言論弾圧で終結した明六社の歴史を読むことで何らかの示唆が得られるかもしれない。

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