本を探すストレス
今までテーマを決めて本を読むということをしてこなかった。コンサルのためにその分野の本を読むことはしたが、しょせん仕事である。
趣味の読書でそれをしなかったのは散漫な性格によるのだろう。
さて、ドラッカーのように3月毎にテーマを決めて読むことをしてみたくなった。自分が何を欲しているかを知ることが、老人の時間を過ごすために必要で、体力のあるうちに本を片付けたいと思うからだ。段ボール箱の本はないも同然だし、残された時間に比し、本は多すぎる。読みたい本が出てこないのはストレスとなる。
読書傾向(2026年1月〜3月)から何が見えたのか。
3月ばかり、本の分野と読書状況を一覧してみた。歴史と思想に言語に手を出していた。全体知とは何かを考えるためには、読む本を吟味する必要があるのであろう。新聞の読書欄の書評やAmazonの評価なども読書の対象に影響を与えているのは、新書ばかり購入しているからでもある。知りたいという漠然とした思いが、読書という行為に繋がるのではあるが、明確な目標もないので、分散してしまいがちだ。
AI時代の読書
大量のドキュメントをAIが要約し、仕事の観点からアドバイスまてしてくれる。そういう時代にシリアルに文字を追うことの意味はなんだろうか。文学を読むことは高度な言語能力が必要なことは、外国語を学ぶことでわかってきた。
終末期の読書
人生が終末期に近くなり、読書が知識の獲得であった時期は過ぎて、読書は慰めとなっている。YouTubeで飛鳥古代史チャンネルを観て、古墳時代の王権の本を読んだり、古墳からの出土品を資料館で眺めることで、日本という国の地層を感じるのが悦びになっている。

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