小林秀雄『モーツァルト・無常ということ』新潮文庫、1961年、2025年96刷
前回は「無常ということ」について書いたので、今回はそれ以外を読んでいる。通勤電車で読むには少し長いエッセイも多いことに気がついた。以前読んだことはすっかり忘れているし、記憶違いもある。小林秀雄の言い方で伝わる時代ではない気がする。
「西行」
小林秀雄の批評を切り取ってみる。
「曖昧な歌は一つもない事に注意を要するのであって、所謂「幽玄」の歌論が、言葉を曖昧にするという様な事は、彼の歌では発想上既に不可能な事であった」(p.92)。
西行の歌は曖昧ではないと言い切っている。
「この人の歌の新しさは、人間の新しさから直かに来るのであり、特に表現上の新味を考案するという風な心労は、殆ど彼の知らなかったところではあるまいか。即興は彼の技法の命であって、放胆に自在に、平凡な言葉も陳腐な語法も平気で馳駆した。自ら頼むところが深く一貫していたからである」(同上)。
「人間の新しさ」という言い方は何も言っていない。

『モーツァルト・無常ということ』(1961)

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