小林標『ラテン語の世界 ローマが残した無限の遺産』中公新書、2006年、2007年第4版
小林標(こずえ)氏の本を取り出してきたのは、Le Petit Parisienのオーナーさんがラテン語の入門書を見せてくれたせいもある。彼は蔵書票を研究するためにラテン語に手を拡げることになったという。
私は、大学のときに大学書林の『ラテン語四週間』(1978年第24版)を買ったが最初だった。マキャヴェリの用語がラテン語から来ていたことがきっかけだった。辞書が引けるようになりたいと研究社の『羅和辞典』(2003年増訂新版第37刷)を買って、暫く遊んだことがある。植物の名前に興味を持って、花卉のカタログを見て楽しんでいた時期もあった。カエサルの『ガリア戦記』読んで人物の名前や地名が翻訳書毎に異なっていたことに疑問を持って辞書で調べようと思ったことが理由かも知れない。
今年は宝塚で大航海時代の日本人がイスパニアで活躍する物語を観て(注)、スペインの歴史を知りたくなったのと、ラテン世界の言語であるラテン語と英語などの関係を確認してみたくなった。英語の語彙を語源から強化することも目論んでいる。
在宅勤務が長くなりそうなので、気晴らしが必要なのである。
「ちなみに、「インターネット」はラテン語ではinterreteである.インターネットinternetのinterはラテン語そのままで,net「網」はゲルマン語源なので,それがラテン語のrete「網」に置き換えられている.」(p.282)。
これは、現代のことをラテン語で書くサイトの紹介の話だったが、英語の作られ方が知られて面白い。
西脇順三郎の『Ambarvalia』の「拉典哀歌」の一篇「哀歌」に添えられた14行のラテン語作品があると書いてあったので(p.278)、日本図書センターの復刻版(書棚に挿してある)を取り出して眺めてみた。訳が添えられているのでそのまま読み去ったのであるが、今ならもっと味わえるところもあると思ったのだった。
「さて、この作品「哀歌」であるが,それを日本の高名な文芸評論家,学者はエレゲイア詩形に則って書かれていると解釈している模様である.エレゲイアは英語ではエレジーelegyで,これは一般に「悲歌,哀歌」と訳される語である.ここで確認しておかねばならぬのは,エレゲイアは決して「悲しい歌」ではないのであって,第6章5節「オウィディウス」で解説しておいたようにギリシア・ラテンの詩の伝統に則った韻律の形式の名前であるということである」(p.278)。
「そして,詩への才能の多寡は問わずともかくラテン語を正しく学んだ者の目からは,この西脇氏のラテン語作品「哀歌」は,韻律上確かにエレゲイアらしく見せてはいるのだが,エレゲイアになっていないことが見て取れる.」(pp.278-279)。
小林標氏は母音の長短の区別を忠実に守っていないと指摘した。
ダメ押しがある。
「西脇氏の名誉のために付言すると,氏は題を「哀歌」としただけで,それをエレゲイア詩形であるとは自身では言っていない.」(p.279)(注)。
(注)月組公演『ピガール狂騒曲』は支倉常長使節を扱ったミュージカルだったが、慶長と天正の区別がついていない私の知識をupdate したくなった。
(注)「なお,この問題については,神戸大学助教授山沢孝至氏が懇切な解説を行っている(神戸大学「近代」発行会,『近代』75号.1993年).」(p.279)と書いてあったので、CiNiiで見ると「エレゲイアにならなかったエレゲイア : 韻律法よりみた西脇順三郎自作のラテン詩」とそのものズバリのタイトルだったが、論文がpdf化されていないので、いつか調べることがあったら読んでみたいのでここにメモしておく。
#語学 #ラテン語
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