奥井潔『〈新装版〉英文読解のナビゲーター』研究社、2021年
奥井潔は1924年に台湾で生まれ、2000年に亡くなっている。
本書は近代日本が西欧文明を取り入れた宿命として、日本語が変容したことや、日本語と西欧語との緊密な関係が語られる。
「明治維新以降、私たち日本人は、西欧語を少なくともひとつ習得しなければ、自国語である日本語を、厳密に、正しく運用することもままならないという特殊な言語状況、歴史条件の中で今も生きているのであります。これは日本が、圧倒的な力で世界を支配してきた、そして今後も支配し続けるであろう欧米文明を受容し、急速に西欧的な近代国家の体制を作り上げるためには、どうしても避けえない状況であり条件であったと言えましょう」(iii)。
さらにculture という言葉について(P98)でこの主張は繰り返される。
cultureについては「教養」という説明がされていた。Oxford Learner’s Dictionaryでは集団に関してway of life、art、music、literature、beliefs、attitudesであり、「教養」に当たるものはcultivationに近い意味があった。
しかし、weblio英和和英辞典を引くとcultureで最初に教養が出てきて笑う。
a man of cultureが例に挙げられていた。昨今はa manは使えないのでmenに置き換えて検索すると、
LEXICOで、mass nounとして、
The arts and other manifestations of human intellectual achievement regarded collectively.
で20th century popular cultureが例に上がっていた。
この意味に派生した語義がある。
A refined understanding or appreciation of culture.
ここで例がmen of cultureとあって、検索で引っかかったことがわかる。
cultureを教養ととるのは日本人の翻訳理解によるらしいことがわかる。原義に遡れば耕すことである。西欧文脈では教養ある人というのはsophisticatedである。men of cultureなどは特殊な言い方である。日本で文化人というのはやや揶揄した言い方で、a person of cultureよりはa person of talentの日本的理解である。talentは才能というよりはいわゆるタレントである。
異文化理解という文脈でculture mapが使われるが、個人が所属する集団の特性を分析する。個人の知的態度としてculture=教養という理解は日本の近代化に際して、西欧文化をどれだけ取り入れたかということを示す日本独特の理解だったと思われる。
私が読んできた本は西欧文明を日本の近代化という文脈のなかで理解することに限界を感じていた人の書いたものであった。辻邦生は著者と同世代だし、一回り上には吉田健一や森有正がいる。常に西欧思想と対峙する日本人達がそこにいた。その後の世代はオリエンタリズムを認識し、西欧文明の相対化を考えるようになる。日本の経済発展もそれに寄与したことだろう。
本書の英文を冊子で読んでみて、文学は修辞もあり、短いパラグラフだけ読んでも曖昧さが残る。言葉の概念が広いあるいは抽象的なので限定するには情報が足ないと思うからである。
別冊の収録英文集の40頁の英文を読むことが、始まりである。声に出して読む。正しく読めれば理解できていることになる。
22 小説の一節を読む(P156)はWilla CatherのPaul’s CaseとNeighbour Rosickyからそれぞれ一節が採られていた。
Willa Catherの文章などは試験問題でしかみたことがなかったので懐かしく思った。この本は大学入試問題から選んでいるのだった。
24 ワークとレーバー(あとがきに代えて)を読むと、workとlaborの違いを明らかにした上で、以下のように著者の主張を読み取っている。
「この人は、人間はレーバラーになってはいけない、ワーカーでなければならぬと言外に述べています」(P190)。
青春期の大事な仕事はワーカーになり自分の仕事を発見することだと結んでいる。色々と思い出させてくれる。
注)研究所で英語の辞書が見当たらないのは、若者が処分したからであろう。
そこで、kindleで古い英和を引いてみた。
J.C.ヘボンの和英英和語林集成第五版(1894)
CULTURE, n. Gakumou, kyō-iku, fūga.
『言海』明治三七年の縮刷版の昭和六年の刷りを文庫したもの(ちくま学芸文庫)を引いてみた。
ぶん-くわ(名)文化 文藝教化ノ盛ニ開クル
けう-いく(名)教育 ヲシヘソダツル。童男女ヲ導キテ、修身、學問ノ事ヲ教ヘ、智識ヲ開カシム。
けふ-やふ 孝養のことであり教養は記載なし。
『言海』は索引指南を読んで「きよう」「きやう」「けう」「けふ」を探した。
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