『ミル『自由論』原書精読への序説』(2020)

読書時間

薬袋善郎『ミル『自由論』原書精読への序説』研究社、2020年

薬袋善郎(みないよしろう)氏の本を読んだのは『英語リーディングの秘密』(研究社出版、1996年)が最初だった気がします。研究所の語学関係の本は翻訳論と文法書を除いてかなり処分されてしまったので、何が残っているかわかりません(他人事のようですみません)。

 

「翻訳の限界」について

薬袋善郎氏は本書の最初に意味の取り違えが何故起きてしまうのか、その理由として「翻訳の限界」について書いています。

「翻訳は事柄をはっきりさせることよりも、日本語の自然さ、簡潔さを優先する傾向があります」(p.7)。

「「翻訳の限界」の一つは「具体的な事柄」を解説することができず、読み手の判断に委ねざるをえない点にあります(もう一つの限界は「文と文の論理的なつながり」を解説できない点です)」(同上)。

そして、翻訳に内在する限界について、「翻訳ではなく、原文を読むときにより鮮明な形で現れます」(同上)と云います。

「翻訳者は、制約があるとはいえ、できるだけ事柄が読者に正しく伝わるように訳文を工夫してくれます。ところが英文の場合はすべてを自分でやらなければなりません。多くの人は字面を日本文に変換するのが精一杯で、事柄まで考える余裕がないのです。これが英文を読んでいて、ぼんやりした印象しか持てない理由です」(同上)。

 

「正読」とは

そのことから、「正しく読む」というのは「書き手が念頭に置いた具体的なことがらを正しく把握すること」(p.8)と定義してます。本に書かれていない「著者が想定した具体的な事柄」や「文と文の論理的なつながり」を考えることが読書であると云うのです。

本書も私が普段考えている「読書とは何か」に重要なヒントを与えてくれました。吉川幸次郎は著者の意図を読み取ることだと書いていましたが、薬袋善郎氏は本書において「正しく読む」ことの具体例を挙げて、しかも、読者の英文読解力を向上させる目的で構文解説や文法解説までしています。

 

本書の成り立ちについて

本書はOn Libertyの原文を第1章第7節まで「正読」します。解説は1文毎に訳、構文、研究からなっています。

あとがきを読むと、薬袋善郎氏が高校2年の時にJohn Stuart Mill:On Libertyと出会って、「『自由論』を一点の曇りもなく理解したい」という念願をもったと云います。そして、10年ほど前、現役を引退されて、2011年に知り合ったDavid Chart先生と「毎週2時間ずつ7年間、総計700時間を超える議論をして、全文を隅から隅まで4回繰り返し精読」したといいます。幸せな時間を過ごされたのでした。そのお裾分けが本書というわけです。

私も大学で政治思想をやりましたが、原文は読んだことがありませんでした。そのさわりを読んでみましたが、頭に入って来ません。春の夜は勉強には相応しくないようです。

書誌情報

索引、一文毎の語注が付けてあります。

北村一真著『英文解体新書』(2019年)といい、研究社が最高レベルの一般語学書を出してくれるのはありがたいことです。薬袋善郎氏の文章を読むのは20年振りくらいですが、「構文を考える」やり方は変わっていないようです。

注)薬袋善郎氏がミルの『自由論』を取り上げた意義を考えてみます。

戦前の高等学校や大学で『自由論』がテキストとされた理由を考えることで、薬袋善郎氏は以下のように書いています。

「私は、戦前のあの天皇制絶対の社会構造の中で、先生方は、『自由論』の思想に触れさせることによって、いかなる思想、権力、社会的圧力によっても冒されえない個人の尊厳、自由があることを、そしてそれがどのような根拠に基づいて擁護されるのかということを、学生たちに自覚させようとしたのではなかったか、と思うのです」(p.14)。

ポスト全体主義が社会を覆う現在の日本に対して、ミルの『自由論』を通して人間にとって何が大切なのかを改めて考えさせることにあると思いました。

 

しばらく本書を精読します。

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