小林秀雄『モーツァルト・無常ということ』新潮文庫、1961年、2025年96刷
「偶像崇拝」を読む。
小林秀雄が「赤不動」をつまらぬ絵と断じる話から始まる。むしろ、「来迎図」だろうと云う(注)。
「私達の間では、もはや過去の信仰は死んでいるのであり、これはどう仕様もない、どうごま化し様もない、そういう事実だ」(p.205)。
「私達が現に見ている絵は、過去の宗教の単なる形骸ではない。総じて過去というものに到る単なる道しるべではない。絵は絵である限り、決してそういう風には現れない。それは恂にはっきりした現在の私達の一種の知覚である」(同上)。
絵は記憶できないという。常に現在の知覚から構成されるものである。
(注)明王院赤不動明王像(重文)は智証大師円珍の感得と云われている。有志八幡講阿弥陀聖衆来迎図(国宝)は高野山宝物館に収蔵されている。

『モーツァルト・無常ということ』(1961)

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