氷雨

断片記憶

1月も1週間を残すばかりになった。本も相変わらず片付かないし、以前のようには読めなくなった。老後の楽しみにとっておいたものはそのまま老後の負担になるのだろうか。自分のデジタル資産をどうしようかと考えるのは、紙の資料を捨ててしまったら、自分の記憶を支えるものがないことに直面したからである。いつからいつまで何をしていたかなど、記録がないと不確かな記憶に頼ることになる。

 

有料サイトはアカウントが停止になれば、デジタルデータも削除される。無料サイトは1年くらいサービスを利用しないと、ユーザーIDは登録抹消され、データも削除される。まあ、死んでしまえば、PCの中のデータにしても、webに保管したデータにしても無くなって誰かが困るというものではない。生きているから、あれこれ集めたデータが必要になる時もある。

 

冷たい雨の中を歩いた記録など、私の健康管理活動の動機付けになることはあっても、誰の役にも立ちはしない。

 

注)TVで千住博画伯の高野山金剛峯寺主殿に奉納された襖絵を見ていたら、前にDVDで見た常楽会が行われる大広間の襖の裏に千住博画伯の滝の絵が描かれていた。土室(つちむろ)といわれる囲炉裏の間は「瀧図」が三方の襖に描かれている。右隣の茶の間の「崖図」も見事だった。高野山へ行くことがあればこの障壁画を見てみたいものだ。

 

高野山の四季を撮ったDVDが和室のラックに挿さっていたのを取り出して、久しぶりに高野山の冬を味わう。いつだったか、冬の高野山へ初めて行ったときは、何も知らなかったので、主殿を拝観しても台所があるなあとかただ歩いてきてしまったが、今ならいくらでも楽しむことができるのにと思うのだった。

 

2017/05/06 vertual trip 高野山

 

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