『姥棄て考―老の場所をさがして』(2026)を読む

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赤坂憲雄『姥棄て考―老の場所をさがして』岩波新書、2026年

本書には、成田悠輔氏の「高齢者は集団自決すればいい」という煽りの発言をめぐる赤坂憲雄氏の思索が通底している(p.9、pp.197-200、p.211、p.214)。

序章 姥棄てへの道行きのために
映画『ミッドサマー』や『ベニスに死す』を考察した後で、「老いとはなにか、姥とはなにか、姥を棄てるとはなにか。そして、姥棄て譚とはなにか」(p.26)というテーマが明らかにされる。

第1章 老いのフォークロア
姨捨について、矢羽勝幸氏が『姨捨山の文学』(信濃毎日新聞社、1988年)で説いている内容を赤坂憲雄氏がまとめている。
「民俗学では、墓所を意味する古語の「をはつせ」が訛って、姨捨・姥棄という字が当てられるようになったもので、古代の隠居や厄年・葬送の習俗の反映と理解されている、という」(p.35)。
本書でも姨捨・姥棄が使われており紛らわしい。
この章では、棄老に関する風習や民間伝承について民俗学的な考察が積み重ねられている。家族制度の東西の違いや嫁姑の葛藤など、物語を成立させる要素の分析に辟易するほどである。序章におけるカルト的な悍ましさよりはましである。

第2章 姥棄てはいかに描かれているか
赤坂憲雄氏は日本の社会文化や民俗のありようを文学テクストを通じて浮き彫りにすることをめざしてきた。
「近現代の日本文学をテクストとして、姥棄てや棄老をめぐる精神史の残像を掘り起こすことは、十分に可能だと考えている」(p.103)。
「先取り的に書いておけば、姥棄ての精神史はそのままに近代には受け継がれず、ある批評やアイロニーを含んだ断絶によって隔てられているのではないか」(p.104)。
「老いをめぐる思考実験はきっと、小説や映画のようなジャンルにおいて、もっとも刺激的にくり広げられてきた」(同上)。
棄老譚の近代は柳田国男の『遠野物語』(1910年)に始まるという。赤坂憲雄氏は「デンデラ野伝承」と名づけている。もう一つ深沢七郎の『楢山節考』(1956年)を画期としている。
柳田国男『遠野物語』、深沢七郎『楢山節考』を論じたあと、「太宰治「姥捨」(1938年)、堀辰雄の「姥捨」(1940年)、里見弴の「姥捨」(1946年)、井上靖「姨捨」(1955年)などの小説は、いずれも古典の影を残している」(p.144)という。ここで古典とは、〈更級の姨捨山〉の系譜を引く昔話や謡曲などである。
深沢七郎の『楢山節考』を挟んだ新たな棄老小説の系譜をあげている。
山本昌代の「デンデラ野」(1986年)、村田喜代子の『蕨野行』(1994年)、小池真理子の「姥捨ての街」(1994年)、最後に倉橋由美子の「姥捨山異聞」(2003年)が取り上げられた。
赤坂憲雄氏は、深沢七郎の『楢山節考』(1956年)以降の30年の空白に断絶を見出している。
「かつての棄老の年齢である六十歳、七十歳を越えても、老人はいたって元気だ。村の近場では歩いて帰って来られるし、奥山でもおとなしく死ぬはずがない。高齢化が進み、老いのイメージが大きく変わった。高度経済成長期以降には、姥捨てや棄老を受容するよりも、勝手に山中に村をつくって生きている老人たちの姿のほうが、リアルなものに感じられる」(p.180)と結んでいる。

第3章 新たな隠居像を求めて
赤坂憲雄氏は棄老譚という残酷や野蛮の話のなかに見出した救いがあるという。
法学者の穂積陳重(ほずみのぶしげ)の『隠居論』を論じるが、穂積が西欧の古い文献のなかに見いだした断片的な情報は、日本の昔話の棄老譚と隔たるものではないが、大きく異なる事例もあるという。
青柳まちこ氏の「楢山節の比較文化考」(青柳編『老いの人類学』世界思想社)を読むと穂積の『隠居論』に拾われていた殺老や棄老の習俗が、妄想でも作り話でもなかったという。
次に、成田悠輔氏と上野千鶴子氏の対談では、成田氏の「集団自決」と「安楽死制度」が論じられる。
しかし、赤坂憲雄氏は、「論争というかたちで、この「集団自決」論にたいして反論する気にはなれない」(p.200)という。
次に、「集団自決」の思考実験として2つの作品が取り上げられる。
筒井康隆氏の『銀齢の果て』を「老人の集団自決をめぐる究極の思考実験」という酸鼻な小説と見ている。

注)谷口千吉監督の『銀嶺の果て』(1947年)を捩ったタイトルは私の好みではないので、手元にあるDVDをいつか封を切って昔に観たであろう山岳アクションの方を楽しみたい。

早川千絵監督の『PLAN75』を「尊厳死という幻影をまとった自殺幇助の国家システム」を描いて見せたという。「制度化された集団自決」という思考実験だという。

カズオ・イシグロ氏の『わたしを離さないで』は、「クローン人間と臓器移植をめぐる近未来が描かれたSF小説である」(p.215)という。

ここで種明かしがされる。「棄老や姥棄てにまつわる、昔話・伝説から近現代の小説や映画にいたるまで、雑多なテキストを読み散らかしてきた」(p.224)が、「隠居」という言葉がこの曼荼羅図の萃点(すいてん)であるという。「鶴見和子が南方熊楠の描いた曼荼羅図を読み解くために、この萃点という言葉を使ったことに倣っている」(同上)。

注)鶴見和子『南方熊楠・萃点の思想』(藤原書店、2001年)は参考文献に見られないため注を載せた。
萃点(すいてん)については、以下の記事で触れたことがある。

『曼荼羅の思想』(2005)
鶴見和子・頼富本宏『曼荼羅の思想』藤原書店、2005年あうん堂本舗で買ったことは以前書いた。ここに書くような読み方はしなかったので、そのままになっていたが、ふとしたきっかけで、これを書いている。123頁にある絵図は南方曼荼羅である。本書は南...

穂積が紹介していた、グリムの『法律古事彙』には「猫の座」と名づけられた隠居席が老衰した家長に用意されたという。穂積は「棄老と隠居は相接しており、だから、棄老をめぐる習俗を廃して老衰者の退隠のあり方を設ける必要があったのである」(p.189)という。
穂積は「養老期金制度」を説いたという。「老人権は社会権」である。隠居と年金は切り離せない。

『姥棄て考』(2026)

『姥棄て考』(2026)

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