『うひ山ふみ 鈴屋答問録』(1934)その3

読書時間

村岡典嗣校訂『うひ山ふみ 鈴屋答問録』岩波文庫、1934年、1977年第18刷

若松英輔氏がTwitterで『初比山踏(うひ山ふみ)』を読んで本居宣長の「詩歌を語る言葉に経験的に感じる何かがある」と呟いていた。そして『古事記』と『万葉集』を読んでいるとのことだった。「古学」の初学者を対象とする本書に詩作の上で響く言葉があったのだろうか。

本居宣長は『古事記』『日本書紀』の「二典の次には、『萬葉集』をよく學ぶべし」(P20)と書いている。この文に当たりをつけて注を読み直すことにした。

(ラ)萬葉集をよくまなぶべし

宣長は師の賀茂馬淵の教え「古の道をしらんとならば、まづいにしへの哥を學びて、古風の哥をよみ、次に、古の文を學びて、古ぶりの文をつくりて、古言をよく知りて、古事記、日本紀をよくよむべし、古言をしらでは、古意はしられず、古意をしらでは、古の道は知がたかるべし」(P43)と説く。

この方法論を愚直にこなすことが「古學」への道であるようだ。ただし、最初に古風の哥を学ぶ萬葉集も今の本は誤字が多く、訓も悪いと初学者に注意している。

(ム)みづからも古風の哥をまなびてよむべし

「そもそも哥は、思ふ心をいひのぶるわざといふうちに、よのつねの言とはかはりて、必ず詞にあやをなして、しらべをうるはしくととのふる道なり。これ神代のはじめより然り。詞のしらべにかかはらず、ただ思ふままにいひ出るは、つねの詞にして、哥といふものにはあらず、さてその詞のあやにつきて、よき哥とあしき哥とのけぢめあるを、上代の人は、たた一わたり、哥の定まりのしらべをととのへてよめるのみにして、後世の人のやふに、思ひめぐらして、よくよまんとかまへ、たくみてよめることはなかりし也。然れども、その出來たると、よからざるとが有て、その中にすぐれてよく出來たる哥は、世間にもうたひつたへて、後世までものこりて、二典に載れる哥どもなど是也」(P47-48)。

宣長が哥は詞のあやであると云うそばで、調べを整えることを重視している。読むべきは後世のような技巧を凝らした哥ではないと云う。勿論、古歌を習うのは、二典を読み古の人の言(ことば)、事(わざ)そして心を知ることが目的であってみれば、宣長がいうことは至極当然と思う。

宣長は『萬葉集』に載っている哥にしても、「おのづから」ではなく「かまへてよくよまん」としていると指摘している。そうなると、『萬葉集』の古歌を想定することになるが、『古事記』と重なる哥ということになる。

(ウ)萬葉の歌の中にても云々

「萬葉の中にても、ただやすらかに、すがたよき歌を、手本として、言葉もあやしきをば好むまじき也」(P49)。

どうも、古歌風によめといっても、古風と近世風が混ざって悪い哥をよむものが多かったようだ。

(ヰ)長哥を読むべし

古風の長哥を必ずよみならふべきとしている。

(ノ)又後世風をもすてずして云々

ここは長く(8頁)重要なところであろう。

宣長は後世風を悪しという古風家を批判する。いわゆる『萬葉集』至上主義を批判しているのだ。素直な情を哥するのは、古風家の哥であっても難しいはずだ。何しろ古風な哥を作っているから、そこに作為が入ることは避けられない。また、古風家の哥には後世風の詞も混在していると云う。

初学の者には、当世風の哥を習うことを勧める。そして、法度(はっと、掟、善し悪しや決め事くらいの意か)を弁え、当世風と古風の区別をつけることの重要性を強調する。宣長にとって、古風モドキは我慢ならぬ存在だったようだ。結論は、「古意と後世意と漢意とを、よくわきまふる

こと、古學の肝要なり」(P59)となる。意はこころと訓む。

(オ)後世風の中にもさまざまよきあしきふりふりあるを云々

この注も8頁半あり長い。

古風と後世風の中間に当たる『古今集』は「わろき哥はすくなし」と云う。それでも読み人知らずがよいとか、光孝天皇、宇多天皇より後の哥は後世風に近いとする。後世風の哥の中で宣長が哥の眞盛は『新古今集』と云う。しかし、初学には難しい。『古今集』をよく心にしめしおきて、『新古今集』『玉葉』『風雅』を避けた勅撰集を学ぶことが説かれる。

頓阿法師の歌集である『草庵集』をよき手本として推薦している。また、題よみのために『和歌題林愚抄』も悪くないと云う。

 

宣長は古歌を全てよしとはいわない。「すべての哥の善悪を見分る稽古、これに過たる事なし」(P66)と云う。そうしなければ、「みづからの哥も、よしやあしやをわきまふることあたはず、さやうにていつまでもただ、宗匠にのみゆだねもたれてあらんは、いふかひなきわざならずや」(P66)と厳しい。(正しく)学ぶとは善悪を見分ける眼を養うことだと説くのである。

こうやって読んでみて、『うい山ふみ』は「古學」の初学者を対象として、学び方を説くため、宣長の良しとすることと、初学者にとって良しとすることの差別がある。宣長の歌論として読むには注意が必要だと分かった。

 

注)頓阿(とんあ)は二条派と呼ばれる歌人である。兼好の頃の人で、二人には有名な折句をよんだ和歌の遣り取りがある。宣長は『草庵集玉箒』という注釈書を書いている。宣長がどのように味わったかの一端を知るために、稲田利徳氏の「草庵集」秀歌評釈(上)岡山大学教養学部研究集録、57巻、1981年のなかに宣長の文章が引用されているのを読んで、頓阿の歌は面白くもないが、宣長の解釈はなるほどと思った。善悪がはっきりしている。

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