『味覺極楽』(1957)

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子母澤寛『味覺極楽』龍星閣、1957年

小説家の子母澤寛(しもざわかん)が本名の梅谷松太郎で記者当時に1927年8月17日から10月28日まで70回東京日日新聞に連載したものを元に、当時の回想や補遺を加えて食味雑誌「あまカラ」に1954年6月号より1957年3月号まで再録したものを龍星閣から単行本としたもので、現在は中公文庫BIBLIO版(2004年)が入手可能となっている。

何しろ聞き書く相手が当時の知名人であるし、食の話題でもあるので、楽しくかつ為になる随筆となっている。無人島へ持っていく1冊の本という人もいるくらいだ。

最初は「しじみ貝の殻」<子爵 石黒直悳(ただのり)氏の話」である。赤澤閑甫という茶人の庵に友人五、六人と招かれたとき、老人から簡素なこしらえの茶料理を振舞われた。貧乏なので味噌汁の実はしじみ貝でやきものが薩摩いもであったが、金にあかした品々よりおもむきのある料理だったという。

“わたしは汁を吸いながら貝のからを一つ一つお椀のふたの上に並べてみた。そして「どうもお心づくしの結構なお料理、ことにこの汁はうれしく思います」といふと、老人は非常に喜んで、「その汁にお目をおとめ下さって何よりも有難い」といった。しじみの貝がみんな同じ大きさで、つまり粒を揃へたところに老人の心がまへがある。”

石黒直悳は况翁(きょうおう)と号した西洋医学者だったが、若い頃に佐久間象山を訪ねた時の話を読んだりすると『新選組始末記』(1928年)などの子母澤寛の聞き書きの耳のよさが伝わってくるのだった。

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