『新版日本の思想家 上』(1975)の必要箇所を再読する

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朝日ジャーナル編『新版日本の思想家 上』朝日選書、1975年、1976年第2刷

本書は大学の授業の参考用に買った本で、上・中・下の3巻で日本の近代化を促した「開国の時期」の高野長英、佐久間象山、横井小南から鈴木大拙まで67名が取り上げられている。朝日ジャーナルの1962年3月11日号から1963年6月30日号まで連載されたものである。評論者も当時の一線級を並べている。

「森有禮《明治教育の建設者》」永井道雄

永井道雄は森有禮の暗殺をめぐる評価から始める。森有禮のあみだした教育体制を評価しつつも、「しかし、何が究極的に普遍的な価値なのか。これに対する答えを書いたカードを森はふせており、まさにそのために暗殺によって生命を失い、のちの日本に破局をまねく一つの発端をつくったのであった。」(p.144)と厳しい。

これは締めくくりでも繰り返されるが、森有禮の構想した教育体制を見ていこう。

「森の教育思想の根本は国家主義、軍国主義だといわれる。そうには違いはないが、それは単純な思想ではなかった。単純な国家主義、軍国主義が列国との競争に敗れることをだれよりもよく知っていたのは、ほかならぬ外交官としての森であったからである」(p.120)。

森有禮は後進国である日本の科学技術振興をはかるため、研究目的の大学と、臣民の育成を目的とする小学校という二重構造のかけ橋に師範学校を置いた。義務教育である小学校の上に無償の師範学校があり、人材が登用される仕組みである。その師範学校を森有禮は軍隊化してしまったという。

「くり返していうが、それ以上に致命的であったのは、日本という国家の使命として、富国強兵のほかに何があるのかをさだかには示しえなかったことである。伝統的な国体とは何か。そこに普遍的な価値を見出すことができるのか」(p.121)。

日本とは何かを考える際に、天皇制の問題が必ず出てくる。このために本を読んでいるが、明治の課題を今でも解けないでいる。

日本の思想家

『新版日本の思想家 上』(1975)

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