『漢文の話』(2006)を読む(その3)

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吉川幸次郎『漢文の話』ちくま学芸文庫、2006年、2021年第8刷

下篇

吉川幸次郎が自著の参照本を示して、本書で略した所などは後日のためにメモしておく。

「くわしくは私の「尚書正義」参照」(p.93)。

「五経」「その内容については、私の「中国人の古典とその生活」を見られたい」(p.96)。

「全書を読みたい人は、金谷治「孟子」(朝日新聞社「中国古典選」)によられたい」(p.125)。

「私にとっては熟読の書でない。福永光司「荘子」(朝日新聞社「中国古典選」)を見られたい」(p.226)。

「史記」の文章について、「私の文章としては「史伝の文学」が、それにふれる」(p.150)。

「なお講演の全文は、筑摩「世界の歴史」別巻「世界史の諸問題」に収める」(p.194)。

「江戸時代の漢学者が何よりも心がけることの第一は、文章から和臭を去ることであった。今の外国文を書く人にも、必要な心得であろう。この点に関して私の考えは、「洛中書問」(創元社、日本随想全集、私の部分)「外国研究の意義と方法」(河出文庫「中国への郷愁」)などを参照」(p.205)。

「右はその書き出しであって、全文は私の漢詩文集「知非集」(中央公論社)に見える」(p.217)。

「韓愈ふうの「古文」が、普遍な文体となるのは、(省略)、私の「宋詩概説」(岩波書店)を見られたい」(p.225)。

任斎の日本思想史上における位置についての私の考えは、「日本の心情」(新潮社など)について見られたい」(p.238)。

「また十七世紀後半の日本で生まれた彼の哲学が、中国では百年後の十八世紀後半、戴震(たいしん)の「孟子字義疏証」が説く哲学を、先取することについては、「学問のかたち」(養徳社)を参照されたい」(同上)。

韓愈の「友人についての何弁当かを、私は旧著「唐代文学抄」(弘文堂「アテネ新書」)に紹介した」(p.240)。

「韓愈をはじめとして、「唐宋八家」によって、多くの碑誌伝状が書かれている。清水茂「唐宋八家文」(朝日新聞社「中国古典選」)には、八家の議論の文章とともに、そのいくつかを収める」(p.249)。

「帰有光の文章では、なくなった母の伝記「先妣事略(せんぴじりゃく)」が、もっとも名文とされるのを、かつて「中国文学入門」(弘文堂「アテネ文庫」)に解説した」(p.250)。

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