ジャック・ロルダと機械論対生気論史観

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平井正人「ジャック・ロルダと機械論対生気論史観」『科学史研究』第Ⅲ期第60巻No.299、2021年10月号、日本科学史学会、218-233頁
生命現象を「機械論」で見るか、「生気論」で見るかは対立する立場である。
本論は「19世紀のモンペリエ大学医学部で生気論を推進したジャック・ロルダ(Jacrques Lordat, 1773-1870)の三つのテクストを分析することで、彼の医学説の特徴を明らかにすると共に、パリ学派との対峙を通じて、ロルダが機械論対生気論史観に近い考えを独自に形成し、その普及に寄与したことを示す」(218頁)。
小松美彦氏によれば、「「機械論」とは「その時々の最高の機械装置を生物・生命把握のモデルとし、そのうえで、生命現象を物理化学現象と基本的に同種のものと見做し、物理化学法則で生命現象を説明しきろうとする生命観」であり、「生気論」とは、「生命現象の特異性を主張し、物理化学法則では説明しきれないと考え、特殊な原理を導入する生命観」である(注1)」(同)。
この定義は覚えておくことにする。
さて、「「生気論」(vitalism)という言葉が使われ始めたのは、フランス革命後のモンペリエである」(同)。
ギリシア以来「機械論」的生命観はあったが、「生気論」が遡るものでないことが明らかにされた。論争史があたかも古来からそうであったという言説になる話であった。
パリ学派は解剖学者であり、モンペリエ学派は医者という対比は面白く読めたが、パリ学派の「有機的構造」をアリストテレスの「形態論」と同一視したロルダの理解は残念である。
解剖学者の養老孟司氏が『形を読む』(1986年)の中で機械論を論じていた。レオナル・ダ・ビンチの描く大胸筋のスケッチから飛んで、フランスの医者ド・ラ・メトリの『人間機械論』(1747年)、そして1870年頃のクルマン(チューリッヒ工科大学)の骨の構造研究(大腿骨の骨端における骨稜の走行)を挙げていた。バイオメカニクスのはしりであるという(注2)。ジョルジュ・キュヴィエ(1769-1832)などの機能解剖学が取り上げられていたが、本論で出てきたマリ・フランソワ・グザヴィエ・ビシャの『一般解剖論』や、機械論と対立するロルダなどには言及していなかった。この辺りが科学史ではどう関係するか知りたくなった。
(注1)小松美彦「ベルナール生命観の歴史的境位」『ベルナールーー動植物に共通する生命現象』朝日出版社、1989年、ix頁。
(注2)養老孟司『形を読む 生物の形態をめぐって』講談社学術文庫、2020年、第七章 機械としての構造

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