『伊勢と出雲』(2016)

読書時間

岡谷公二『伊勢と出雲 韓神(からかみ)と鉄』平凡社新書、2016年

岡谷公二氏の神社三部作であると勝手に思っている。もちろん四部作になるか五部作になるかはわからない(笑)。

神社の起源をめぐる韓国、沖縄の旅に続き、伊勢と出雲を対象にした。新羅系の色彩を伊勢と出雲に見るのであった。

まずは、サブタイトルの韓神(からかみ)を求める旅である。

第一部 伊勢

韓神山(からかみやま)を訪ねる旅から始まる。2014年仲春のことである。

著者の本は現地視察からなっている。

しかしながら手掛かりはなく、11月の半ばにも再訪し、老婆から韓神社を祀る病院の医院長の話を聞いて病院を訪ねるのだった。

「この韓神山は、内宮の禰宜荒木田一門が、山宮祭、氏神祭を行ってきた場所」だという。五十鈴川の改修工事の折、古墳が破壊されたため、古墳の痕跡は無くなってしまった。

第二部 出雲

出雲日御碕の近くにある韓竃(からかま)神社は唐川村というところにある。「唐川」は「加羅・伽耶の国名を音訳」したものという。

著者は宿をとっていた出雲市から一畑電鉄を使い雲州平田駅で降りてタクシーを雇う。バスで30分程度だが、著者には廻りたいところがあった。乗務員にまず、十六島から行くといわれる。「うっぷるい」とは不思議な地名である。語源には諸説あり古代朝鮮語説が有力だ。十六島湾をあとに、唐川川に沿って山に入り、鰐淵寺に行く。浮浪山鰐淵寺は天台宗の寺である。推古二年(594)に推古天皇の勅願により創建されたという。ここは新羅色が強い。

いよいよ唐川村である。鰐淵寺からは車で10分程度だ。著者は「壷中の天地」と表現した。

さて、韓竃神社である。石段を上り巨岩をすり抜けないと社殿に辿り着けない。リュックがつかえる。巨岩が崇敬の対象であって社殿は付けたりに過ぎなかった。

このあとに著者は日御碕神社にいくのである。私も出雲に行った折に訪れたことがある。2月で風が強くて隠岐島への飛行機が欠航になった。出雲空港から出雲大社へ詣でたついでに日御碕灯台を見ることにしたのだった。立派な神社であった。日御碕灯台では日本海の色と風の強さが印象に残った。

神都手帖か五都手帖

今度、伊勢に行くなら『伊勢と出雲』のような本を持って行きたい。内宮と外宮を詣でて松坂牛を食べて帰るのはもう止めにする。

さて、それでは何処に行こうか。神都を巡るにはまだまだ調べが足りないようである。四都手帖を五都手帖とするか、神都手帖を別途作って研究することになるのだろうか。

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