『養生訓』の読み方

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貝原益軒、松田道雄訳『養生訓』中公文庫、1977年、2014年第20刷

松田道雄訳の『養生訓』は解説だけ読む。

松田道雄は解説の最後に「『養生訓』は、ただ長命を願うためにではなく、私たちの祖先がおくった毅然とした晩年の姿を知るために読むべきである。」と書いた。

松田道雄は京都で小児科医だった。松田道雄編『現代思想大系 アナーキズム』(1963年)読んで、思想にも興味を持っていたことは知っていたが、江戸の思想にも興味を持っていることは、知らなかった。

松田道雄は『養生訓』を「幸福な老人の健康論」と要約する。いかに生きるかという世界観があるという。家庭医学書のような切り売り原稿の集積ではないという。

自分の健康に倫理的責任を持つ。それは『養生訓』の始まりを『孝経』的世界観から説く。我々は「天」と「父母」により生かされている。「父母」に対する「孝」と同じく「天」に対する「孝」がある。朱子学的世界観がある。

松田道雄はその世界観をまとめているので引用してみる。

「宇宙をなりたたせている存在の原理が、自分をなりたたせているのであるが、それは父母を介して自分に実現している。自分の存在は宇宙と父母との恩恵である。老いて健康である幸福は、まったく宇宙と父母とのおかげだ。自分のからだを大切にすることは、天地と父母への感謝の表現である。ここで健康をまもる養生が、子としての親への道徳的な義務である孝とまったく一致する。『養生訓』をささえている安定感は、こういう世界観である」。

『養生訓』を手に取らなかったのは本のタイトルから連想される古臭さである。そこで現代の『養生訓』としてフレームワークとして読もうとした。だが、替わるタイトルを見出せないでいる。

スローライフとかシンプルライフとか標語はもうどうでもよくなった。生活スピードが親子で違うことで、幸福ということが分からなくなった時代に、自分の健康や医者との付き合い方、友人や知人との交際などをテーマに書くとすると、流行と不易を見極めなければなるまい。

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