加藤喜之「アメリカを揺るがすキリスト教ナショナリズムの本質」『世界』岩波書店、2025年11月号106頁-114頁
PIVOT公式チャンネルで佐々木紀彦氏と加藤喜之立教大学文学部教授とのトーク(注1)を観て、岩波書店『世界』2025年11月号に論文を掲載することがわかったので久しぶりに『世界』を買ってみた。
政教分離と「文明宗教勢力
政教分離はアメリカ憲法修正第1条にある(注2)。しかし、加藤喜之氏は、「アメリカ史上初めて政教分離そのものを軽視する政権が誕生したことで、信教の自由、世俗的統治、多文化主義といったアメリカ民主制の根幹が脅威にさらされている」(p.107)という。
非宗教者「ノンズ」(Nones)、「どこでも族」(Anywheres)、「ここだけ族」(Somewheres)などキーワードがやたら出てくるが、重要なのは「文明宗教」と呼ぶ現象である。
「文明宗教とは、伝統的な宗教的信条、集会等への参加、規律への厳格な帰依を要求せず、宗教を自らの文明や国民性の基盤として位置づけることで、グローバル化の負の影響に対抗する政治的かつ宗教的な思想、あるいは運動を指す。この現象は、組織化された宗教団体の衰退にもかかわらずーーあるいはその衰退ゆえにーー隆盛を極めているといえるであろう」(p.108)。
政治運動としてのキリスト教ナショナリズム
米国におけるキリスト教ナショナリズムを暫定的に定義している。
「それは一般の米国民に浸透した価値観の具現化ではなく、むしろ社会の世俗化・多様化への対抗戦略として展開される、少数派による組織的な政治プロジェクトなのだ」(pp.110-111)。
「キリスト教ナショナリズムは「文化戦争」の最前線に位置する、現在進行形の政治闘争として理解されなければならない」(p.111)。
著者はトランプ政権の宗教政策どうみているのだろうか。
「既存の宗教組織が衰退し、「文明宗教」が台頭する社会において、政治権力が宗教的な価値観を国民に強制することは可能なのだろうか」(p.113)という。
「十七世紀オランダの哲学者スピノザは、人の内面にまで踏み込む支配を「暴力的で不正」と批判し、良心の自由は「手放すことなど誰にもできない」権利だと論じた」(同上)という。
トランプ政権の「文明宗教」政策、すなわち、「キリスト教ナショナリズムと反DEI政策を通じた価値観の強制は、アメリカ民主主義の根幹である信教の自由と政教分離を侵蝕している」(同上)として、「トランプ時代の宗教と政治の関係は、民主主義社会における宗教の役割について根本的な再考を迫っている」(同上)という。
「今求められるのは、多元社会における宗教と政治の健全な関係のあり方を、新たな理論的な枠組みで構想することである。それは同時に、すでに多様性が事実として確立している社会において、すべての構成員が為政者や特定の宗教勢力を恐れることなく、自らの考えや嗜好を表明できるような政体、すなわち民主主義の持続可能性そのものを問い直す作業でもあるだろう」(同上)。
独裁者の時代ともいえる現在、「世界各地で台頭する権威主義的ポピュリズムと共通の構造」(同上)があると著者はみているようだ。世界認識の再構築の観点からこの問題を考えていきたい。
注1
【完全解説:キリスト教「福音派」。トランプの最強支持者】2025年9月22日
https://youtu.be/268jToAzPAY?si=06REg89PttwL6ffn
注2
First Amendment December 15, 1791.
Freedom of Religion, Speech, Press, Assembly, and Petition

『世界』2025年11月号
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