関東の梅雨明けが6月27日であった。近畿も6月28日と過去最速を記録した。そのあとずっと暑い日が続いている。これといって読みたい本もないし、見たいものもない。だからといって早く寝れば夜中に目が覚めてラジオ深夜便のお世話になるしかない。
確かに読みたい本がないという言い方は正確ではないかもしれない。知識が不足しているので読んでもわからないという状況になっていたり、昼間はレポートを読んで目が疲れているということもある。
わからないという言い方を突き詰めていけば、主張内容の当否の見当をつけるだけの知識が不足しているということになる。根拠が示されているが、その根拠となるものを読むには図書館とか古本屋に行かなければ得られない。引用された箇所だけを読まされても信用できないのは、文章はコンテキストで読むことを前提にしているので、前後から切り離された文章はいかようにも解釈の余地があるからである。
仏教はかつて根拠を仏典の中に求める時代があった。主張の根拠を支える箇所を仏典の中から探し出して主張を裏付けるである。そういう世界を師茂樹氏の『最澄と徳一』(岩波新書、2021年)で読んだと思ってブログで検索したが出てこない。去年の11月の初めに入院したので、その前後を見たら、10月にメモがあった。この頃は月末に書籍目録を載せていたので、どうやら漏れてしまったようだ。載せていないものは検索しても出てこない。
本を探すにも本箱の中のどこに鎮座しているやら見当がつかない。従って、これだけメモしておけばいつか振り返るに違いない。今夜はwebinarをやってCPEの単位を積むことにした。
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