『中国古典選1 易 上』(1978)

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本田済『中国古典選1 易 上』朝日文庫、1978年

私が大学の頃の発刊日の本が出てきた。その頃の興味が仏教、儒教、道教にあったことになる。

朴筮の倫理的な問題

何で朴筮(ぼくぜい)が四書五経のひとつである易経で扱われるのか分からない。その上で、朴筮に対して学者は厳しく批判する。

「なぜ後世の学者が朴筮の説を鄙しいとするのか。問題は占いというものと倫理の立場との矛盾にかかっている。倫理の立場からいえば、人間は良心の命ずるままに行動すべきであって、結果の損得は顧慮すべきでない。ところが占いというものは、結果を先に見せてくれる。結果を見て、有利なように行動するのでは、倫理的に不純である、というのがおもな問題点らしい。朱子はこの点をどのように解決しているかというと、『朱子語類』(七三)に、次のような意味をのべる。

易は、人のために占って疑惑を断ちきるためのものである。道理としてこうすべきなら、当然そうすべきである。道理としてならぬなら、してはならぬ。そういう場合、改めて占う必要はない。正しいことで道が二つに分れて迷うときにだけ占うのである。悪いこと、私欲のことについて占ってはいけない」(P7)。

朱子が言うように朴筮が恣意的に使われなかったとは言えない。だからこそ易経では倫理的な反省を踏まえたのだろう。六十四卦の判断辞をみると、吉・无咎(とがなし)・悔・吝・凶などがある。吉凶だけではない。

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