子安宣邦『「大正」を読み直す 〔幸徳・大杉・河上・津田、そして和辻・大川〕』藤原書店、2016年
1.大衆社会は大正に成立した。
子安宣邦氏は、大正に大衆社会の成立をみている。松下圭一は大衆社会の成立を第二次大戦後とする。すでに大衆社会の成立の条件は戦前に整っていたが、太平洋戦争がその移行を妨げたとみる。子安宣邦氏は、条件の成立があって太平洋戦争が遂行できたのだから、大衆社会は成立していたとみる。
「大衆社会」とは政治学、社会学的概念である。「大衆社会」とは「資本主義の産業的段階から独占的段階への移行によって、構造的、機能的に変質化した資本主義社会の現実状況」(P18)を表し、自由・平等・独立な個人という「市民社会」の観念に対比される観念として構成された。
松下圭一の大衆社会の成立の3条件
第1 人口のプロレタリア化の急速な進展
第2 テクノロジーの発達による交通・情報網の拡大
第3 普通選挙
男子普通選挙を実施した大正デモクラシーを大衆社会とみるか、女子参政権が認められた戦後とするかは、議論があるだろうが、大衆社会にも発展段階があり、社会問題を発生させるものとみれば、大衆社会は大正から昭和初期に成立したといってもよいと思われる。
2.昭和の全体主義の起源
日露戦争の講和条約への不満による「日比谷焼き打事件」に始まる大衆の騒擾が大衆社会の到来を告げたとすれば、昭和の全体主義の起源はいずこにあるのか。日本人の精神性に求めるのは何の解決にもならない。日本が近代国家として天皇制を中心に組み立てた帰結であろう。
3.読んだ本について
田中伸尚『大逆事件ーー死と生の群像』は、近代日本の思想裁判の持つ意味を考えさせられた。
松田道雄編『現代日本思想大系〈第16〉アナーキズム』筑摩書房、1963年第2刷
多田道太郎責任編集『日本の名著46 大杉栄』(中央公論社、1969年)
小田実『でもくらてぃあ【小田実全集】』講談社、Kindle版、2012年
河上肇、大内兵衛解題『貧乏物語』岩波文庫、1947年、2014年第75刷
津田左右吉の『神代史の研究』による偶像破壊に対し和辻哲郎による『日本古代文化』による偶像再興の対比は興味深かった。『日本古代文化』を今更読むということはしない。
大川周明の『日本文明史』は国会図書館のデジタルライブラリーにある。当初は『日本精神研究』や『日本二千六百年史』が読書対象と考えられていた。『日本二千六百年史』で省略された『日本文明史』の終章が第一次世界大戦やロシア革命に対する大川周明の世界史認識である。そして大川周明が「日本」を呼び出すことになる。それにしても『日本精神研究』は至極真っ当な本だった。
4. 「大正」を読んだ感想
「大正」を読むについては、市民講座にいくつか出席していたので、既読した内容が多い。しかし、内容は重いテーマを扱っており、毎月の課題図書からそれを読み取るのは難しかった。私が重要と思った点も、子安宣邦氏の取り上げた点とは多くの点で異なっていた。思想史的な背景知識の枠組がないので、自力で読み取るのは困難であった。
このブログにも『神代史の研究』(1924)を取り上げた程度で、しかも、内容には触れていないという「お粗末」なことになっている。また読むことがあれば、メモを書くかもしれないが、本書にエッセンスが書かれていること、及び進行中の思想史講座「江戸思想」の課題図書があるため、のんびりと過去を振り返ってもいられない。
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