2020年11月購入古書
霜月は猟期の始まりでもある。父も猟犬もいない今、記憶の中で散弾銃の音が聞こえる。山に登るのは無理としても、山が見える所まで行きたいものだ。
(購入後記)
【評論】というカテゴリーは使ったことがない。文藝評論であれば【文学】だし、読者論を扱った文藝批評であれば【文学】でよい気がする。今までなら、【エッセイ】にしていたかもしれない。しかし、これらは間違いなく【文学】のテイストである。
古本と肴 マーブルさんで酒のつまみに買う。ハートランドを飲みながらパラパラめくると、大岡昇平論があった。
「一般に、作家の伝記について知ることが、彼の作品を味はふ上でどのくらゐ役に立つか、ずいぶん疑はしいと思ふ。さらに、それがむしろ逆に作品の鑑賞を邪魔することさへあるのではないかと思ふ。作品のなかに伝記の投影を探らふとする心が生じ、作品それ自体を楽しむ率直な態度が失はれがちだからである」(P 148)。
丸谷才一の旧仮名遣いを読んでいたくなった。
外山滋比古の『近代読者論』はカバー写真が17世紀初頭のドイツの印刷工場で目に止まった。「近代読者」の自己意識についての論考である。作家にスタイルがあるとするならば、読者にもスタイルがある。
傍線が引いてあるから値引されていた。
【文学】
外山滋比古『近代読者論』みすず書房、1969年、1972年第3刷
丸谷才一『みみづくの夢』中央公論社、1985年再版
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