伏見稲荷大社

古都を旅する

週刊新潮の「とっておき私の京都」作家の垣根涼介氏の4回目は「伏見稲荷大社」だった。これは予測された展開である。蓮田兵衛とともに『室町無頼』のもう一人の牢人である骨皮道賢が拠ったのが稲荷山だった。応仁の乱では東軍に与した骨皮道賢は西軍に斬られてしまうが、稲荷社も灰燼に帰してしまう。昔に読んだ司馬遼太郎の『箱根の坂』の中でも美しく楽しい描写は稲荷山での伊勢新九郎の合戦であったことを付け加えておく。

プラス1は「東丸(あずままろ)神社」だった。江戸時代の国学者である荷田春満(かだのあずままろ)の旧邸の隣にある。旧邸は非公開文化財特別公開の時に見たことがある。簡素な造りであった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました