『ソーシャル物理学』を読む(その3)

断片記憶

アレックス・ペントランド、小林啓倫訳、矢野和男解説『ソーシャル物理学「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』草思社、2015年

「アイデアの流れ」に入る前に、「探求」について、まとめておこう。

「探求」は「アイデアや情報を収集するためにソーシャルネットワークを活用する」行為である。

留意すべき点は3つある。

・社会的学習が極めて重要

・多様性が重要

・他人と反対な行動を取る人物が重要

「アイデアの流れ」は「社会的学習や社会的圧力といった手段により、ソーシャルネットワークを通じて行為や考え方を伝播していくこと」と定義される。

ここで、「社会的学習」とは

(1)他人の行動を観察したり、印象的な物語を聞かされたりすることを通じて、新しい戦略(状況や行動、結果など)を学ぶこと

(2)経験や観察を通じて新しい考え方を学ぶこと

「社会的圧力」とは、交渉において、ある人物が別の人物に対して行使することのできる影響力のこと

著者の主張

「アイデアの流れの速さは社会的学習によって決まる。それこそが社会物理学が成立する理由だ。人間の行動は、他人のどのような例示的行動に接しているかから予測できるのである。」(p61)

このために、著者等の研究チームは、3つの調査を実施した。これが、ものすごい。

「習慣はどのように形成されるのか」という質問に答えるため、ある学部生こ寄宿舎で、健康に関する習慣が伝播する速さを1年間にわたって調査し、50万時間分以上のデータを集めた。

「政治志向」に着目して、2008年の米国大統領選挙における政治観を分析し、実験に参加した学生たちに特別なスマートフォンを配布し、彼らが誰と一緒に過ごしているなか、誰に電話をらかけているのか、どこにいるのかといった情報を追跡して50万時間分以上のデータを集めた。そこに信念などのアンケート結果と統合して数ギガバイトのデータを分析した。

「消費行動」に関して、スマートフォン上にどのようなアプリがダウンロードされるかについてもモニタリングを実施し、150万時間分のデータと、アンケートから得られた数百ギガバイトのデータを分析した。

結論は、「健康習慣、政治志向、消費行動というこれら3つの例において、周囲の人々の行動に接することは、直接的なものかどうかを問わず、アイデアの流れに大きな影響を与えていた」という。

数理モデルを利用して「最善の学習戦略は、エネルギーの90パーセントを探求行為に割くことだった。そして残りの10パーセントを、個人による実験と考察に費やすのが良いという結果になった」。

アイデアの流れに接することによって習慣や信念が形成されることを見てきた。アイデアの流れにおける理性の役割はどうなのか?

そこで、1978年ノーベル経済学賞のハーバート・サイモンと2002年ノーベル経済学賞のダニエル・カーネマンの研究を持って来る。

彼らの研究は、「人間の心が2つの思考回路によって成り立っていると捉える」。速く自動的で、主に無意識のうちに行われるモードである「速い思考」と遅く論理的で、主に意識的に行われるモードである「遅い思考」の2つだ。

私はダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるか』(早川書房、2012年)を上下で持っていたが、この夏処分していた。細かいところを確認できないのは残念だ。

「速い思考」は「習慣や直感を司る。その際に活用されるのは、過去の経験や、他人の行動を観察することから導かれた連想だ」。

「遅い思考」は「論理的思考が行われ、新しい結論に到達するために心の中にある信念が組み合わされる」。

2つの思考において学習の過程が異なる点に着目して、「人間が行う継続的な探求行為は、周囲の集団において顕著に広く普及している行為から、素早く学習するというプロセスだ。それとは対照的に、習慣や選択の優先規準を身につけるのは遅いプロセスであり、模範となる行動に何度も接して、コミュニティの中で検証されなければならない」と結論付けている。

「コミュニティの集団的知性は、アイデアの流れによって生まれる」と締めくくっているが、集団的知性を具体的に私はイメージできていない。

これで3章まで終わった。本書は11章まであり、関係論文まであって至れり尽くせりである。この後はグループとして行動する能力にテーマが移る。これまで書き抜いてきたが、先に進むには私の足元の知識が不足しているようだ。

解説の矢野和男氏が紹介する本が必要なのかもしれない。

アレックス・ペントランド『正直シグナルー非言語コミュニケーションの科学』みすず書房、2013年

ベン・ウェイバー『職場の人間科学ービッグデータで考える「理想の働き方」』早川書房、2014年

マーク・ブキャナン『人は原子、世界は物理法則で動くー社会物理学で読み解く人間行動』白楊社、2009年

矢野和男『データの見えざる手ーウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』草思社、2014年

カール・ポパー『歴史主義の貧困』日経BP社、2013年

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