「宗像大社国宝展」

断片記憶

出光美術館の「宗像大社国宝展」の図録を出して来て眺めている。

宗像大社は三女神を祀るが、『古事記』、『日本書紀』で神名と鎮座地が異なっている。宗像大社では『日本書紀』を採用しているのでこれにしたがう。「宗像大社は、沖ノ島に鎮座する沖津宮(おきつぐう)、宗像市の離島大島に鎮座する中津宮(なかつぐう)、本土の宗像市田島に鎮座する辺津宮(へつぐう)からなり、沖津宮に田心姫神(たごりひめのかみ)、中津宮に湍津姫神(たぎつひめのかみ)、 辺津宮に市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)をお祀りしている。」(福嶋真貴子「沖ノ島祭祀と宗像三女神信仰」『宗像大社国宝展 神の島・沖ノ島と大社の神宝』2014年)

金の指輪など新羅所縁のものも良かったが、難破船漂着物である寄物(よりもの)に関する史料も面白かった。

「宗像宮創造記」(重文)には「當神之寄船御進退」が東は葦屋津、西は新宮湊の間の寄物は宗像大社の修造に使われたとある。「聖護院道増書状」は「京都聖護院第二十五代門跡である聖護院道増が、玄海灘の津屋崎沖で難波した船の積荷の返還を宗像大宮司氏貞に求めた手紙」(同作品解説)であるが、「宗像大社は古来からの寄物取得権を主張してはねかえし、積荷は本殿造営の費用に充てられた」(同作品解説)という。

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