河野眞知郎『中世都市 鎌倉 遺跡が語る武士の都』講談社学術文庫、2005年
「鎌倉の場合、三方をとりまく山の間には、手の指をひろげたように小さな谷(すべて"やつ"と発音する)が切れこんでいて、その一つひとつに「◯◯ケ谷」という地元の慣用名がつけられている。「多宝寺跡は扇ケ谷の隣の泉ケ谷の奥の、多宝寺ケ谷にある」といえば、長く鎌倉に住む人ならば、ああそうかとわかってしまう」(P17)。
この話は新鮮だった。鎌倉は七口で当たりをつけていた。名越(なごえ)、朝比奈(あさひな)、巨福呂(こふくろ)、亀ケ谷(かめがやつ)、化粧(けわい)、大仏、極楽寺(ごくらくじ)は切通(きりとお)しといっているが、坂のことである。これからは谷(やつ)で覚えることにしたい。
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