片泊りの宿

断片記憶

片泊りの宿を考えようかと思う。

何を今更と思うかもしれないが、麸屋町通の宿に何回か泊まったけれど、チェックインの時間や門限があって、続かなかった。最近は酒に弱くなったので、食べてから、お茶屋に顔を出す程度で帰るので、旅館でも良いのかもしれない。夕方から開いているバーに久々に行ったくらいで、バーを梯子することもなくなった。

この間は旅館で朝飯だけいただいた。料金がするのでいつも使うわけにはいかない。不便さはあっても料金が割安の片泊りの宿を利用してみようと思う。旅館では夕飯が付いてくると、行きつけに行けなくなってしまう。旅館の勉強のために偶に行くのはあっても良いかもしれない。

大阪も京都も行くところが限られてきていて、山口瞳の「行きつけの店」状態になっているので、馴染みであるけど、そうそう行かないところが出てきた。以前は梯子してたから行けたようなものである。さんざん通った先斗町の居酒屋も、行けないでいる。土曜日の夕飯は一回なので、どこかに行けば他には行けない。当たり前のことだ。バーもご無沙汰の店が多くなってしまった。

放生勲氏の『答えは「京都」にある』(マイナビ新書、2015年)は、有名な監督が二階の部屋を使っていた宿が定宿だという。本自体の内容は京都に通った経験から肯首できる内容だ。どこといって新しいことは書いていないと思う。それでも私の知らない京都が出てくるので楽しくなる。しかし、私の考え方を変えるような本ではなかった。

八条口を出たところに回転寿司があり、京都らしいネタやシャリの甘さが味わえるという。何しろ入ることがないので目に入ってこない。反対側の「みやこみち」はふたば書房にいつも寄るけど、どんつきに京風中華ハマムラの「ラーメンハマムラ」があるのは知らなかった。河原町のハマムラが閉まって残念に思っていたのだ。京風中華は姜尚美の『京都の中華』(京阪神Lマガジン、2012年)を読んで少し勉強したのである程度は違いが分かる。しかし、京都の中華も総なめにしたわけではないので、私の経験した限りの話だ。実際にどこがどうということまで自分の感覚を研ぎ澄ますことは普通はしないので、違和感なく食べていたのだった。言われてみればそうだと思う。京都ラーメンでもないハマムラのラーメンが存在する。東京でも東京ラーメンは想像がつくけど、バリエーションが豊富な東京のラーメンシーンを一言で言い表すことはできない。

京都とて同じである。一時期休んでいた一神堂は屋台であさりラーメンを締めに食べたものだ。飲み終わってから、車をつかまえて、一乗寺界隈のラーメン屋に行ったり、たかばしの二軒のラーメン屋も行ったりした。木屋町の博多ラーメンもよく入った。どこが京都とかは区別できるだけの舌がない。「ハマムラ」のラーメンで京都を語ることは私には難しい。

京都ではよく行く割烹とお菓子屋も馴染みだし、久しぶりに訪れたバーでも名前で呼んでいただけるありがたい町である。暮れに作る縁起物を予約して、受取るだけの年に二度しか行かない御所人形屋も、世間話をするくらいはする。舞妓さんを連れて行った記憶がそうさせていると女将さんが言っているうちに、旦那が帰ってきた。「まだ、何も作っていないと」旦那が言う。「だから予約しに来たのですよ」と返して店を後にした。まだ、型の製作に入っていないらしい。去年は出来上がった型を見せてもらったのを思い出した。今年は少し早く来たのだった。

そんな関係のある町は後は向島くらいしかない。働いていた時に毎晩のように行っていた新橋は多くの店が閉めてしまった。私も老いるわけである。

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