渡部泰明『和歌とは何か』岩波新書、2009年、2013年第3刷
後半は行為としての和歌である。するする読んでしまう。
Ⅱ 行為としての和歌
第1章 贈答歌ーー人間関係をつむぐ
贈答歌はその解釈が難しいのであるが、著者は、和泉式部と敦道親王、慈円と頼朝、頓阿と兼好などを取り上げてその醍醐味を味あわせてくれる。
第2章 歌合ーー捧げられるアンサンブル
歌合は何故か読み通したものがない。有名な組合せが出てきて、懐かしくなるが、解釈は難しい。
第3章 屏風歌・障子歌ーー絵と和歌の協和
屏風歌・障子歌は著者が主張する儀礼としての和歌ということができる。
第4章 柿本人麻呂影供ーー歌神降臨
白河院の寵臣である藤原顕季(あきすえ)が「柿本人麻呂影供(えいぐ)」を始めたとある。『古今著聞集』第178話に「柿本人麻呂影供」のさまが語られているという。人麻呂の画像を掲げて、供物を捧げる儀式である。調べてみよう。
第5章 古今伝授ーー古典を生き直す
「教えることを相伝、教わることを伝受といい、だから正確には「古今伝受」だともいうが」(P203)としたうえで、本書では一般的な「古今伝授」を使っている。
古今伝授の内容は知らなかったが、単なる権威主義的な秘伝ということではないようだ。
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